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all words by Dr.NORIHIRO KOMIYAMA

動物病院の検査と料金

対症療法で治せる病気は80%
なぜ検査の必要があるのか?
動物は症状しか現さない
治療方法の違い
使用する用具類でも料金に差が出る
骨折の手術法もいろいろ
安全を得るための検査
検査の目的
よい医療を求めるには

対症療法で治せる病気は80%
病気を治療の観点から見ると、2つに分けられます。

1つは、現れた症状を抑える療法、すなわち対症療法(おのおのの症状にたいする治療)によって治そうとする病気です。たとえば、犬は病気にかかると、食欲不振、下痢、嘔吐などの症状を現しますが、それらの原因はともかく、症状を抑えることによって病気を治そうとすることです。

このような対症療法によって治すことのできる病気は、全体の約70〜80%でしょう。それ以外の約20〜30%の病気は、対症療法で治すことはできません。これらの病気を治療するためには、その原因を検査などで注意深く調べる必要があります。

対症療法によってある程度治せる病気と治せない病気の境目は、かなり微妙ですから、その区別はさほど簡単ではありません。その区別をするために、いろいろな検査が必要になり、そうなれば当然それなりの費用がかかります。

人間の医療には保険制度があり、最低限と思われる治療がほぼ無料で保証されているようですが、動物にはそのような国家的な健康保険制度はありません。そのため、最低限の検査は、それぞれの動物によっても、また獣医師らの技術によっても、当然違ってきます。換言すれば、対症療法のみの治療にすれば、動物病院の料金はそれほど高くはならないことになります。

しかし、その場合、動物病院に訪れる犬の約70〜80%しか救うことができなかったり、一時的に症状を抑えたり軽減することができるだけです。その他の20〜30%は、ほとんどがいずれ死亡するという結果になるのです。その20〜30%をできるだけ少なくするためには、いろいろな病気に対する知識および、人員や設備などが必要となってくるのです。
■なぜ検査の必要があるのか?
動物は言葉がしゃべれませんから、人間の医療の検査と同等あるいはそれ以上の検査が必要だということがよく言われます。これはかなり妥当と言えるでしょう。

最も典型的な例として、われわれ獣医師はよく亀を取り上げます。亀が病気になっても、もちろん言葉で訴えませんし、犬や猫のような症状をあまり見せず、ただ動かなくなってものを食べなくなるという症状のみが現れます。何か外傷があれば別ですが、そうでなければ、甲やその他の部分の身体検査と病歴を聞くことができるだけです。

その場合、身体検査のほかに強力な武器となるのはレントゲン検査です。レントゲンを撮ってみると亀のお腹の中に卵が詰まっていたり、腸捻転が見つかったり、異物が入っていたり、あるいは肺炎の影があったりと、病気の原因が分かることがよくあります。

犬や猫は亀に比べれば、症状はより現れますが、人間に比べればかなり分かりにくいのは事実です。
■動物は症状しか現さない
ほかにも、人間の医療と動物の医療では違う点があります。人間の場合、症状と症候の両方によって病気を判断できますが、犬の場合は症状でしか判断できません。

症状は、下痢とか発熱とか嘔吐とか、客観的に分かるサインです。これに対して症候は、たとえば胸が痛い場合でもどのように痛いのか、たとえば心臓がキリキリ痛いとかいうふうに、本人にしか分からないサインです。

動物の場合、嘔吐や下痢の現場を見たり、あるいは吐物や下痢便を発見すれば、症状があることは分かりますが、お腹が痛いとか、どこがどんなふうに痛いというような症候を、動物から聞き出すことはできません。

これは、泥棒が入って逃走した後、警察が現場で犯人が残した指紋などの痕跡を丁寧に調べて鑑定し、犯人を割り出そうとする試みに似ていると言えます。そのため、動物の病気の検査はかなり困難を極める場合があります。最近では、どういう検査をすればどこまでのことが分かり、治癒率にどれだけ貢献するか、それにはどれくらいの料金が必要かということを飼い主と相談する動物病院が徐々に増えています。

もちろん、私たちの病院もそのようにしていますが、これは複数選択医療方式(MOMS)と呼ばれるものです。
■治療方法の違い
医療費には、動物病院によって差があります。ここまでの話で、ある程度の察しはつくと思いますが、医療費の差は、主としてどこまで病気の本当の原因に迫るか、そしてどのような方法で治療するかによるものです。

わかりやすい例として、病気ではありませんが、先月号でも少しふれた避妊手術を取り上げましょう。まず、麻酔方法にもいろいろあります。最も簡単な方法は注射麻酔です。長時間の注射麻酔を打てば、だいたい30〜60分くらい麻酔が効きますからその間に手術をします。

この方法では、手術が20分で終わった場合、まだ20分くらい麻酔が効いている状態が続くことになります。また、何らかの事情により手術が手間取って、40分以上かかってしまえば、もう1回少なめに麻酔注射を打たなければならなくなりま
す。

これに対し、最近ではより安全な方法と言われる吸入麻酔があります。これは手術の間、ガス状の吸入麻酔を嗅がせ、終わればすぐにガスを止めるので、通常5〜10分程度で動物は覚醒し、歩くことができるようになります。

また、麻酔の安全性をより高めるためには、気管にチューブを入れる方法があります。これが最も安全な最新の方法です。もし注射麻酔だけや気管チューブを入れなければ、その分の料金は当然省けるわけです。また、吸入麻酔にしても、いろいろな種類があります。このように、麻酔方法の違いによっても、料金に差が出てきます。
■使用する用具類でも料金に差が出る
通常、術者は消毒したガウンを着ます。また、手術用のマスクと帽子、滅菌した手袋を着用します。これらのすべてを省けば、当然料金は安くなります。また、手術に使用する縫合糸も、最も高いものは1回の手術分で原価が2000円くらいしますが、安いものであれば原価は50〜60円ですみます。

その他、消毒の方法、手術室の有無、各種のモニター、術前の検査などのよっても、料金に差が生じてきます。しかし、動物病院でそのような細かい点まで説明しようとすると、1回の手術のために20〜30分以上の説明時間を要することもあります。

そこで、詳しい説明を省くことになり、事情の分からない飼い主は、同じ医療を受けても料金に差があるという印象を受けることになるのでしょう。

アメリカの動物病院では、避妊手術の料金は通常400〜500ドル程度です。しかし150ドルくらいの低料金で手術を行う病院もあります。アメリカはそれなりに公明正大な国ですから、低料金で手術を行う病院のなかには、手術に関する術式は基準以下の方法で行うこと、手術用の手袋は着用するがガウンは着用しないこと、100頭に1頭は合併症が起こり、最悪の場合は死亡もあること(平均的な死亡率は1000頭に1頭)などを公表し、飼い主に判断を促している病院もあるくらいです。
■骨折の手術法もいろいろ
骨折の治療法にもいろいろあります。たとえば、動物が交通事故にあって脚を骨折したとします。この場合、化膿を止め、ショックを除くだけの治療法もあります。しかし、この治療法では、脚は曲がったままで、跛行が残るでしょう。た
だし、そのような状態でも、動物は生活していくことができます。これは費用を最も低く抑えられる方法です。

これに対し、手術を受ける方法もあります。この場合、脚の状態はほぼ正常になり 、事故前と同じように生活することができるようになるでしょう。もちろん、医療費は前者に比べ高くなります。

骨折の手術法もいろいろあります。最も一般的な方法は、ピンとワイヤーを使って骨を固定する方法です。 より新しい方法としては、骨の横にプレートを当てて、しっかりと固定する方法が あります。この方法には高額な器具と高度な技術が要求されますから、当然、料金も高額となります。このように骨折の治療1つを取り上げても、それぞれの治療法によって、料金に大きな差が生じます。
■安全を得るための検査
もし、腰の部分が骨折した場合、それなりの処置をしないと、膀胱のマヒが治らず、生命が危険にさらされることがあります。いろいろな検査も必要です。交通事故の場合、胸に空気が溜まっていることが多いので、検査の上、処置をする必要があります。

また、膀胱が破裂していることも考えられますので、その検査も不可欠です。手術を受ける場合、麻酔をかけなければなりませんが、その前に身体検査、血液検査、尿検査などを行い、心臓、腎臓、肝臓などの状態を調べ、最も適切な麻酔法を判定する必要があります。

実際には、麻酔前の検査を省略しても、だいたい80〜90%は問題が起こらないようです。しかし、何か問題が起こる危険性は10〜20%の確率で残っています。たとえば、麻酔前の検査をしないで手術をし、手術後の膀胱破裂が分かり、動物が死亡してしまうこともあります。

ですから、10〜20%の危険を覚悟で費用を抑えるか、費用は高くても安全性を選ぶかということになります。
■検査の目的
ここまでの話で、検査が動物の命を左右しかねないほど大切であることは、かなり説明できたと思います。ここでもう1度、動物病院で行う検査について、わかりやすくまとめてみましょう。

動物病院では、稟告(病歴の聴取)と身体検査の後に、検査を実施します。その2つを行うことによって、病気をある程度推測してから、検査を行うわけです。検査は、稟告と身体検査を行ってはじめて生きてきます。

ただし、例外もあります。緊急時には、手早くできる検査を行いながら治療する、あるいは治療を行いながら検査をするというケースが多くなります。検査を行う主要な目的は4つあります。

1つめは、本当に稟告と身体検査によって推定した病気かどうかを調べるためです。
2つめは、他の合併症がないかどうかを調べるためです。
3つめは、病気の進行の程度を調べるためです。
4つめは、その時点の状態を記録し、次回の検査時と比較するためです。

このように、より安全な医療を行うためには、検査は非常に大切です。また、慢性の病気の場合、治療より検査が重要となります。これに対し、急性の病気では、検査より治療が重要となります。

たとえば、間欠的な下痢が3カ月続いているという場合、この症例は慢性ですから、すぐに治療をするのではなく、治療の前に原因を調べるためのいろいろな検査を行います。

なお、飼い主の方は検査の結果を必ず説明してもらってください。最近では、検査結果を口頭だけでなく、文書で報告する病院が増えています。ですから、検査結果についてできるだけ説明を受けるようにしてください。
■よい医療を求めるには
動物病院の料金に差が生じることには、根拠があります。その主要な根拠は、検査や治療のレベルに違いがあることです。しかし、わが国では依然として、料金が違っても同じ医療を受けられると思っている飼い主が少なくないようです。

医療に関して確信をもって言えることは、安い料金で高度な医療は受けられないということです。このことには例外がありません。ただし、高い料金を請求する病院が、必ずしも高度な医療を行っているとは限りま せん。このへんの判断が難しいところです。結局のところ、費用に見合ったレベルの医療が行われているかどうかは、動物を診察した獣医師と身近のスタッフしか知り得ないと言えます。すべては獣医師の良心の問題なのです。

ですから、飼い主の側がよい医療を行っている病院かどうかを判断することも大切です。料金については、前述のように、複数選択医療方式を採用している病院がよいでしょう。これは、病院側が一方的に料金について押しつけるのではなく、検査や治療の方法を飼い主とよく相談する方式です。

飼い主は、どの程度の医療を望むか、費用をどのくらいかけられるかを決定し、獣医師とよく相談して、納得できる医療を求めるべきです。また、求めるレベルの医療が行われているかどうかを、飼い主がいろいろチェックすることも大切です。

料金の問題を含め、飼い主の質問にきちんと答えてくれる病院ならば、信頼できる病院と考えてよいでしょう。ともかく、病院側の話をよく聞き、あなたの人生経験のすべてを動員して、信頼できる病院かどうかを判定してください。