不妊手術について
不妊の必要性
不妊手術が必要であるという認識がだいぶん高まってきたように思います。現代の社会では、飼い主に飼育されている犬は人間の管理の下に生活しています。人間が管理できない犬を増やすことは、犬を不幸にすることにほかなりません。また、遺伝病を背負って生まれた犬を交配させないことはもはや常識です。その他、健康上の配慮からも、不妊手術が勧められるケースはたくさんあります。
今回は、不妊手術に関する問題点を考えてみましょう。
メスの避妊手術
避妊手術には、お腹を切開し、卵巣のみ、あるいは子宮のみを摘出する方法もありますが、現在では卵巣と子宮を共に摘出する手術が最も一般的で、常識的な方法です。
卵巣のみを摘出すると、後になって子宮蓄膿症を発症する恐れがあることが、医学的に証明されています。手術の適切な時期は、生後5~6カ月です。以前はよく、1度出産させてから、避妊手術をした方がよいと言われていましたが、この主張には医学的な根拠がありません。
避妊手術を行うと、さまざまな病気の発症を予防できるというメリットがあります。乳腺ガンは比較的老齢で多発する悪性腫瘍ですが、生後2年半以内に避妊手術をすると、表1で示されるように、発症率が明らかに低くなります。また、子宮を摘出するわけですから、当然、子宮の病気、すなわち子宮蓄膿症、子宮内膜炎、子宮捻転、子宮破裂などの病気はなくなります。
オスの去勢手術
オスの去勢手術は、睾丸を摘出する方法をとります。手術の時期は、通常、8~9カ月が最適です。超大型犬の場合、1年を少し過ぎてから行うのがよいでしょう。手術をすることによって、当然、性的活動が抑えられます。一方で、犬は性的動機から、うろつき回ったり、他の犬と喧嘩しますが、手術後はそのような行動も少なくなるでしょう。
しかし、去勢手術は服従訓練の代わりになるものではありません。発情に伴う行動がなくなるので、性格が従順になったように見えるかもしれませんが、だからといっしつけをしなくてもよいということにはなりません。しつけはしつけとしてきちんと行う必要があります。
手術することによって、肛門周囲腺腫などの病気が抑えられることも確認されています。さらに、多くのオスは年をとると前立腺肥大症となり、尿や便が出にくくなることがありますが、去勢手術をすればそのような障害を予防できることも分かっています。
手術と肥満との関係
手術をすると、肥満して動作が鈍くなると言われますが、医学的に見ればこれは誤解です。手術と肥満には因果関係はありません。しかし、実際には手術後に肥満した犬をしばしば見かけます。その原因はカロリーのとりすぎです。食事を規定量以上に与えれば、手術に関係なく犬が太るのは当然です。
手術前と同じ量の食事を与え、運動量にも変わりがなければ、肥満することはありません。もし、食事量が増えないのに肥満するようなら、何か病気にかかったことが考えられますので、獣医師に相談してください。
手術後に肥満した場合、次のようなことが考えられます。犬にとって、食欲、性欲、行動(運動)欲が3大欲望です。不妊手術によって、そのうち性欲が抑制されると、残りは食欲と行動欲になります。
そこで、一部の犬はたくさん食べたがり、飼い主も食欲旺盛なのは健康の証拠と思ってつい欲しがるだけ与え、その結果犬が肥満してしまうのです。しかし、食事は必要量だけ与えればよいのであり、人間と同じように肥満は病気の元ですから、飼い主は注意する必要があります。
また、手術は犬の性格や気質、あるいは知能の発達に、何らの影響をも与えるものではありません。犬の知能の発達は、1~2歳までにはまだ完了しないのが普通です。したがって、知能が発達しきっていない時期に手術を行い、その後に性格が変わったように見えても、それは手術のせいではありません。
早すぎる不妊手術に障害はあるか
手術の適切な時期については前述しましたが、さまざまな条件により、もっと早めに手術を受けたいという飼い主もいるでしょう。それでは、手術の時期が早すぎると何か弊害があるでしょうか。
従来はまずオスの場合、どんなに早くても3カ月以前の手術はあまりお勧めできませんでした。最も早くても、4カ月以後にする言うのが普通でした。しかし最近になってより、去勢手術の時期が早めであっても、性格的な面には一切影響ないしその他の面でも障害の証拠がないと言うことで早くなりつつあるようです。
しかし、次のような問題が起こることが考えられます。オスは成長するとペニスの包皮がむけ、メスとの交合か可能になります。ところが、あまり早くに去勢手術を行うと、包皮がむけるのが遅くなることがあり、交合ができなくなるのです。
このように言うと、去勢すれば交合の必要はないのだから、問題はないと思うかもしれません。しかし、去勢手術によって精子をつくる機能はなくなっても、交合の欲求が完全になくなるわけではありません。発情しているメス犬がいれば、交合の行動をしようとするオス犬もいます。あまり早い時期に去勢手術をし、交合の楽しみまで奪ってしまって良いものかどうかという問題もあります。
メスの場合、避妊手術が早すぎると、尿を我慢できなくなり、あちこちにおもらしするという行動が現れることがあります。これは適切な時期に避妊手術をしても、1000頭に1頭くらいの割合で起こる行動ですが、より早く手術をすれば、その比率が高くなると言われています。現在のところ裏付けとなる資料はないのですが、おそらくそうであろうと考えられています。しかし、その行動は少量のホルモン剤でほとんど治すことができますので、あまり問題になることはありません。
このように最近では、手術する時期が、特に米国の里親制度の発達と共に、どんどん早くなりつつあります。いずれにしても、多少早めでも、避妊手術を行う方が行わないよりメリットがあることは確かです。
同胎犬と性格について
愛犬の性格が強いとか、すぐに咬みつくという場合、これまではそのような性格は遺伝的な素因によるとされてきました。もちろん、きちんとしつけをすれば、咬まなくなるようにできますが、何もしなければ咬みつく素因のある犬は、その行動を現すように育ってしまいます。
最近この問題について、新しい観点が開けてきました。同胎犬のオスとメスの比率も、性格に影響を与えるということが分かってきたのです。
たとえば、子宮のなかに6匹の胎児がいるとします。そのうち4~5匹がオスで2~1匹がメスである場合、子宮内ではオスのホルモンが優勢となり、メスの性格がきつくなるということが最近の研究で明らかになったのです。逆の場合も同様のことが言えます。
したがって、オスの同胎犬が多い場合、オスとメスの比率を考えて、犬の性格をあらかじめ予想し、そのつもりでしつけすることが望ましいでしょう。
